Sweet sweet  〜 新緑光る 続き

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 


 何とも混乱しまくりという態だったこの春も、さすがに衣替えの時期を前にして、やっとのこと例年並みの気候に落ち着きつつある今日この頃。屋内にいるとひんやりするが、お外の陽気は初夏のそれで。少しほど長く歩けばそれでもう、気づかぬうちに小汗をかいてるような、いいお日和が増えつつあって。

 “さてもそろそろ、
  ドリンクとセットにする和菓子やケーキの類いは、
  夏向けのものへと入れ替えねばならぬなぁ”

 かき氷、いやさフラッペにはまだ早いか。だが白玉パフェのトッピングは、一口桜餅からそろそろ出回るスイカに変えても構わぬか…などなどと。甘味処“八百萬屋”のオーナーシェフでもある片山五郎兵衛氏が、各テーブルに置いている“お品がき”を眺めつつ、メニューの衣替えの算段をしておれば、

 「ゴロさん、上がりましたよvv」

 風呂場の方からほてほてと、頬を真っ赤に火照らせた赤毛の少女がやって来て、大きめの角卓の前に座す彼へと声を掛ける。のっけにお日和の描写を並べたものの、今はもうすっかりと陽も暮れ落ちた時間帯。五郎兵衛の知り合いから届いたという随分と大きかった芝エビを、手際よくもカラッと揚げた天麩羅に、ゴボウと牛肉のしぐれ煮、キュウリとハムの細切りと錦糸玉子を春雨にからめた甘酢和え。それへワカメと絹ごし豆腐の味噌汁をつけたという、五郎兵衛渾身の晩の御膳を美味しくいただいて、食休みを取ってから、さぁさ先に入っておいでと、湯殿へ送り出されたのが小半時前だったか。そんな間に食器の片付けも済んでおり、

 「おお、さようか。」

 まだ夜更けは冷えるから、湯冷めをせぬよう、今は暑くともきっちり着込めよと。にっこり笑う男臭い笑顔へ、こちらからも“えへへぇ”という満面の笑みを返す平八で。座敷の奥には坪庭へと向いた板の間の濡れ縁もどきがあって。その手前にはまっている建具は、使い込まれたガラス障子というほどに、この、いかにも昭和の匂いが染み付いた観のある、ちょっぴり古ぼけた木造の 店舗 兼住居にて。五郎兵衛との同居を始めた当初は、何かさせてくれないとと却って落ち着けなかったものだったけれど。そんなだった平八もこのごろでは慣れたもの。料理も掃除も洗濯も、自分よりも手際のいい五郎兵衛に任せた方が結局は効率もいいのでとすっかり甘え倒しており。但し、年に何回か手掛けられる店の模様替えや大掃除では、頑張ってお手伝いに勤しむのだとか。

  ―― だってゴロさんが、
     将来は 色々と不器用な幼妻として迎えたいので、
     それまでは何にも出来ないまんまでいていいって。

 何だ その奇妙な若紫計画は。そうですよねぇ、普通だったら理想の女性にするべく料理だ何だと色々と教育するもんでしょに。親友の金髪娘たちに呆れられたお惚気は、あれでもかなり押さえた言い回しだったのであり。店舗のほうの座敷のと同じく、まだまだ青々としている畳へと、こちらもお膝をついての座り込むと、

 「???」

 すぐの間近にふわりと香った、石鹸やらシャンプーやら湯上がり独特な暖かい匂いへと、壮年殿が視線を向けて来。更紗木綿のこざっぱりしたパジャマ姿で、小さなお膝をそろえた上へ、これまたやっぱり小さめの両手をちょこりと乗っけて。乾燥させないのがスキンケアの第一歩と、化粧水でもはたいて来たのか、ほんのりお花の香りもする少女の…含羞むときほどその潤みがありあり判るほど見開かれるその瞳へと、

 「………。」

 五郎兵衛殿のちょっぴりいかついお顔が、あのその…気がつきゃ誘われておいで。覗き込むよう近づくのにつれて、ますますと誘うように平八の双眸が薄く細められてゆき。大好きな温みが近づいてくるのは、見えないその分、肌へと届く気配で察して。さすがに何かとまだ早いとは思うからか、贈られた口づけもそっと触れただけのそれではあったが。ちょんと触れてすぐ離れる感触を、含羞みの笑みもて受け止めると、

 「……。///////」

 それが何かの合図ででもあったかのように、ぱちりと眸を開いた平八が、膝立ちになりながらその双腕を伸ばして来。がっしりと頼もしい年上の恋人さんの首っ玉へ、ぎゅうぎゅう抱きつくのもまた彼らのお約束だったりし。

 「これヘイさん。」
 「〜〜〜。//////」
 「こういうのも、淫らな行為にあたるのではないのかの?」
 「そんなの わたしが決めることです。」

 都の青少年保護何とか条例というのに引っ掛からぬかというのが、オヤジギャグにももとる頻度で五郎兵衛がやたらと持ち出す言い訳で。それでなくとも微妙な風聞だって立ちかねぬ、女子高生と二人きりという同居なだけに。自分はともかく平八の側を気遣ってのことだろう、既成事実まで作ってちゃあ話にならんと、閉店後の誰も見ちゃあいない時までも、彼の側からは触れても来ないでいたのだ、実をいや。あくまでもこちらを大事にしてくれてのこと、そのっくらい頭じゃ判っているのだが、

 “それがどれほど切ないか、判っておいでか。”

 男の性も覚えちゃいるが、今の自分は十代の女子なので。結構な年頃まで生きた男の身として把握した機微のあれこれが、いろんな場面へ“そういうものだ”という理解として降りて来つつ、でもでも それへと流されるのは何だか口惜しいと思うことも多々あって。訳知り顔の誰かの言いようなんかじゃあない、自分の体験で知り得たものばかりなだけに、そういうことという部分がよくよく判ってもいるのが 辛いし歯痒い。なので、他のことならともかくも、こういう…思慕や恋慕のあれこれへは、そんな風な今の自分の“想い”の方が優先されたって、罰は当たらぬのではあるまいかと思えてならぬ平八で。

 『…思い出してしもうたか?』

 髪の色がちょこっと赤く、瞳の色合いも微妙な金色。どういう冗談か親御がつけた名前が“平八”と男名前だった…という、ささやかなんだか大ごとなんだかな三つの違和感を除けば、他所の娘さんたちともそうそう変わらぬ、屈託のないまま笑ったり怒ったり泣いたりしつつ、お年頃の少女にまで育った中学生時代。ひょんな切っ掛けで出会ったこの銀髪の偉丈夫がどうにも気になってしょうがなく。のちにするすると前の“生”の記憶が蘇り、ああそういうことかと合点もいったが、

 “ドキドキしたのは、思い出す前からだったのに。”

 恋という言葉に憧れ、とはいえ どういうものかは察しもつかずで。少しばかり仲がよかった異性との、馴れ馴れしい付き合いようを怪しいと噂されてもピンとは来なくて。そんな中での彼との出会いには、何の前触れも予兆もなくて。何より…直接逢ったというのに、その時点では何にも想起するものなぞ浮かばずで。それでもその精悍さや存在感へと気持ちがなびいたのは、過去の記憶の復活じゃあなく、それまでを生きて培った今の平八の感性を震わせた何かがあったから……だと思うので。

 「昔のわたしだったなら、それもそうですねぇなんて言ったかも知れませんが。」

 年端もゆかぬ少女への無体はならぬと、無垢で非力なこちらを大事と思うてくれるのは優しいなと思いもするが。そんな男の側の心持ち、どこかで判るのが何だか口惜しいのも相俟って、

 「今のわたしはお年頃の女子高生ですもの。
  色んなことが知りたいんです。そう簡単には止まりません。」

 「……ヘイさん。」

 ふふ〜んだと小さな肩をそびやかすようにして、大威張りで胸を張って見せる許婚者殿の。本人が言の葉に載せているよりもずっとずっと愛らしく、自覚しているよりもっと際どい半熟なお年頃独特の蠱惑の香へと、ふらり釣り込まれぬようにすることがどれほど大変かを、

 “本当に判っておいでなのだろか。”

 こういう時ばかりは、あの…やはりそちらも大層 魅惑的に転生した元副官殿の青い色香に、いい大人がそれでも良いように振り回されている勘兵衛殿の気持ちがようよう判ると。その分厚い胸のうちにて、こそりと思う五郎兵衛だったりし。とはいえ、平八の側も…今宵こそはとのしかかって来ての無理から往生させるほど、強い意気込みまではなかったらしく。五郎兵衛が口ごもってしまったことで、やったぞ勝ったぞとでも感じ入ったか。そこがまた可愛い元工兵のお嬢さん。一連のじゃれつきもひと区切りということか、いざるようにしてお膝を進めただけでは飽き足らず、上体を倒しまでして ずいと寄せていた身を起こし、愛らしいベビーフェイスをちょっぴりほど遠ざけると、

 「何ですか? メニューなんて持って来て。」

 こちらが向き合っていた用件の方へとその関心を移したらしい。ビニール製のポケットへ台紙を差し替えるだけで模様替えの済むタイプのお品書きは、見開き4ページでさして写真なんぞも載せぬあっさりとした代物だが、単なる甘味処のそれにしては…食事のメニューも結構多く。サンドイッチやナポリタン、オムライスにピラフといった定番メニューのみならず、ドリアやかけそば、手羽元の唐揚げに鍋焼きうどん、広島風お好み焼きに、本格的な石焼きビビンバまでと、言えば大概のものが出ても来る、恐るべき品揃えっぷりであり。

 「いやなに、昼間ヘイさんたちが奮闘しておったのを垣間見て、
  商売人という身としては、
  それじゃあ季節の先取りでもしよまいかとな。」

 そっか、もう冷たいメニューを増やす時期ですか、早いなぁ。だが、マンゴーやスイカはともすりゃあ年中あるからの。そうですよねぇ…そうそう、ライチの入った蜜豆なんてどうですか? それと、黄粉がけのワラビ餅も良いですが、炭酸系のジュースの素をかけてというのも、食べた瞬間に口の中でしゅわっとするのが案外ウケるかも…などと。無邪気なアイデアを繰り出しながら、あははと声立てて笑う屈託のなさこそ、五郎兵衛の心持ちへもじんわりと染み入る。あの、カンナ村へと集った合戦において、この“彼”が見せていた笑顔はといえば、何を覆いたかったものか、どれもこれも見せかけのそればかりだったので。何の陰りも虚勢も張らぬ、今の生にて振り撒かれている素直な笑いようへは、心持ちが和んでこちらこそ癒されるというものであり。


  ―― ところでヘイさん。
     久蔵殿とシチさんと、マドレーヌは上手に焼けたのか?



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